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幸せは天に任せましょう

工夫

昭和生まれの私はとにかくガツガツやってきました。

昔から、くじ運などの運はあまり無いように思えましたし、才能にも恵まれていないと感じていたので、あとは努力と、気合いと、根性とでなんとかすればよいと考えていました。

今となっては、まったく無茶な生き方をしていたものだと呆れますが、当時は本気でそんなことを考えていました。

 

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自分に無茶をさせる方法

この方法はあまり詳細には書きませんが(まったくお薦めできないからです)、参考までに2つほど例を記載します。

 

集中したいときには照明を消してランプの明かりだけで作業する

集中したいものだけが見えるように、明るすぎる照明は消してしまおうという発想です。

 

眠れないときは作業を進めるチャンス

眠れないということは、他の人よりも作業時間が多く取れるので、物事を進めるのにはとてもありがたい状態だと思い、作業をどんどん進めるという発想です。

 

まったく真似しない方がいいです、確実に身体を壊します。

このような類いの発想をいくつも持っていましたし、新しく思いつけばメモをして日々の生活に取り入れて実行する、という生活でした。

 

物事を進めることばかり優先して、言い換えれば、執着している物事を少しも手放せずに、自分自身を省みていない状態です。

 

執着を少しずつ手放そう

物事を進めることを優先させるというのは、怠惰なことをせずに仕事や家事に邁進する、昭和世代にとっては勤勉で美徳であると思いがちです。

ある程度はそのような側面も持っているべきであると、私は考えますが、物には限度があると痛感しています。

一番に優先させるべきは、自分に合った本来の生き方をすることです。

 

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日常生活の中の恐れ

なぜ、本来の生き方ができないかといえば、恐れを受容できないからなのではと思います。

作業(例えば仕事、受験勉強、家事など)をしないと次のような恐怖がつきまといます。

・仕事を評価されなくなる、仕事の締めきりに間に合わない恐怖(仕事で成功すること、失敗しないことへの執着)。

・受験に失敗する恐怖(志望校に合格することへの執着)。

・家の中が居心地が悪くなることへの恐怖(家の中を常に整えておくことへの執着)。

 

このほかにも、たくさんの恐怖が日常生活の中には潜んでいます。

この恐怖を取り除くために、人は自分自身を大切にすることを忘れてしまうことがあります。

これでは本末転倒です。

 

恐れを受け入れ執着を手放そう

恐れを受け入れて、執着を手放すと簡単には書きましたが、それはそれは大変なことです。

自身を犠牲にしてでも守ってしまうほどの恐怖や執着ですから、そうそう簡単には手放せないのも当然です。

人によっては、その執着のためだけに人生が終わってしまうこともあるかと思います。

 

程良いくらいの諦めが大事なのではと考えます。

 

先述した3つの恐怖を、私なりに受容した考え方は以下になります。

・仕事で失敗しても、あとになって総合的に考えてみると大事には至らない。

・志望校に合格しなくても、ほかの場所で十分に生き生きと生活ができる。

・家の中が片づかなくても、そんなに大事には至らない。

・ときには、逃げることも大切。

 

私の場合には、これらの考え方に至ったのは、病気で身体を壊したからです。

ですから、理論的に考えてこの境地に至ったわけではなく、否応なく諦めなければならない境遇に置かれ(病気によって社会生活から遠ざかること2回)、はじめて理解しています。

いわば経験則なので、理解するまでにかなり遠回りしたと感じています。

 

もし、早めに思考を変えることができれば、人生にとって大きな収獲になると思います。

 

執着を手放したことによる幸運

不思議なことに、執着を手放すと数々の幸運に恵まれます。

執着を手放すことは、幸せを天にお任せしたような状態になることなのだと、最近感じます。

変に自力で何とかしようとせずにいること、流れに身を委ね、しなやかに物事を受け入れ受け流すこと・・・

 

そのように心がけていると、次のようなことが起こりました。

・いいアイデアが自然に浮かぶ。

・有益な情報が入ってくる。

・いい人間関係を構築できる。

・いい運が巡ってくる。

 

不思議ですね。

まずは自身を大切に。

 

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